■祝い
「リブロ様…御結婚おめでとうございます」 黒髪痩身の魔法使いがそう言う。 「ん…ああ、ありがとう」 北の女王は少しだけ視線をさ迷わせた。 「婚礼の衣装、よくお似合いです。」 北の女王はらしくもなく照れたように、でも誇らしそうに微笑む。 「そ、そうか」 白く美しい絹のドレスにリブロの漆黒の髪は映える。 「ええ。ライー様はもちろんのこと、皆がそう思うでしょう」 黒髪痩身の魔法使いは優しく微笑む。綺麗な笑顔だった。
「はぁ………」 今、北の女王は憂鬱だった。 夜空の黒を散りばめたような黒髪に、それと同じ色の黒い瞳の女王。肌は白く、唇は紅を引いているのでより一層紅み(あか)が際立つ。着ているものは純白の凝った意匠のドレス。 「どうかなされましたかリブロ様?」 「え、ああ?何でもない」 身支度を整えてくれている女官の問いにリブロはそう答える。 「そうですか」 女官は少し心配そうな表情(かお)本来なら浮かれ過ぎていてもいいくらいの日。ようやくライーと正式な夫婦になれる日。ずっとこの日を待ち望んでいたはずなのに…。 「リブロ?」 急に声を掛けられる。 「なんだライーか」 「なんだライーかって、酷くない?今日から正式に夫婦になるっていうのに」 丸眼鏡の宰相はおどけたように文句をたれる。 「ん、まぁそれもそうだな」 どうもしっくりこない。 部屋にいた女官達は一礼をすると、そそくさと退出する。 「それか止める?」 いつもと同じ丸にこにことした顔で眼鏡の宰相は言う。 「はい?」 ライーが何を言いたいのか分からない。止めるって……。 「まさか婚礼の儀をか!?」」 ふざけているようで、そうでもないような笑顔。 「だってーリブロ全然嬉しそうじゃないしーだったら別にいいかなーって…」 「お前は馬鹿か?」 リブロの問いにライーは悪戯を企む子供のような笑みを浮かべる。 「さあ?」 「今更取り消しなどしてどうする。混乱を起こす元だ」 リブロは統治者の表情(かお)でそう言い放つ。 「んーまぁそうだね」 「分かっているなら」 ライーはリブロの言葉を遮るようにして言う。 「じゃあ訊くけど…どうしてそんな表情(かお)なの?」 「……私は元々こんな顔だ」 リブロは怒ったように言い捨てる。 「そうじゃなくてー」 ライーはリブロの白い顎を掴んでくいっと上げさせる。 「リブロさー…もしかして僕のこと嫌いになった?」 「は!?」 「だって婚礼の儀を取り止めない理由って国内に混乱が起きるからっていう理由だしさー」 リブロは自分のそれでライーの唇を塞ぐ。ライーは少し驚いたような顔をする。 そして唇を離して傲慢に言い放つ。 「誰がお前と結婚したくないと言った?」 リブロの語調は強くライーは逆らえない。 「誰も言ってません……」 「ふん、当たり前だ。国内の混乱は公的な理由に決まっているだろう?」 リブロはライーに目だけで同意を求め、ライーは思わず頷いてしまう。 「それに…」 リブロの白い頬が少しだけ朱に染まった気がした。 「それに?」 ライーはその言葉の続きが知りたくて、鸚鵡返しに言う。 「私はそんなことしなくても、お前と気持ちは繋がっていると思っている。お前は違うか?」 確信に満ちた問いだった。 「違わないよ」 ライーの頬は自然と緩む。 「そうだろう」 「そうだね」 穏やかな時が流れる。時刻は朝で、城下の盛り上がりようは物凄い。 「ただ…不安にさせたと言うなら謝る…すまなかった」 ライーの腕の中でリブロはそう言った。 ライーはリブロを包み込むように抱く。 ずっととこのままいられたらいいのに。 ライーは心の底からそう思う。 でもそれではいけない。 それではいけないのだ。 「サリタ・タロットワーク」 ライーは静かに、魔王になってしまった臣下の名前を出す。 「………っ」 リブロの表情は分からない。ただ少しだけ身体をこわばらせたような気がした。 「彼のことを考えていたんだろう?」 ライーは優しくそう言う。リブロは何も答えない。 サリタ…タロットワー…ク。 リブロの頭の中でその名前だけが何度も木霊する。
「リブロ様…御結婚おめでとうございます」 黒髪痩身の魔法使いがそう言う。 「ん…ああ、ありがとう」 北の女王は少しだけ視線をさ迷わせた。 「婚礼の衣装、よくお似合いです。」 北の女王はらしくもなく照れたように、でも誇らしそうに微笑む。 「そ、そうか」 白く美しい絹のドレスにリブロの漆黒の髪は映える。 「ええ。ライー様はもちろんのこと、皆がそう思うでしょう」 黒髪痩身の魔法使いは優しく微笑む。綺麗な笑顔だった。
こんな光景があればいいのに。そしたら今の喜びが何十倍にも増すだろうに。 リブロはそう考えずにはいられない。それが今日の憂鬱の原因。 「……嫉妬するよ?」 長い沈黙を経てライーはそう言った。 「なっ…」 リブロはライーの唐突な発言に思わず顔をあげる。
嫉妬。 それは、人の愛情が他に向けられるのを憎むこと。また、その気持ち。すなわちやきもちのことである。
「……誰が誰に!?」 リブロは思わず訊いてしまう。 「僕が、サリタに。」 ライーの返答はすごく明確で、分かりやすい。分かりやすいのだが…。 「どうしてお前がタロットワークに嫉妬する必要がある!?」 「どうしてって…そりゃあするでしょ」 ライーの表情は本気なのかふざけているのかわからない。 「リブロってば結婚式当日に旦那になる僕以外の男のこと考えてるんだもん、嫉妬の一つや二つくらいする……」 だが唐突にライーの口は封じられた。 「……ん…っ…」 触れ合う唇から時折漏れる吐息。どれくらいの時間が経ったのか、リブロはようやくライーから離れる。 「リブ…ロ?」 ライーの戸惑いの声が背後で聞こえる。 「私はただ……あいつに祝ってもらいたかっただけだ。お前との結婚をな。」 リブロはそう言い捨てる。 「なのにお前は私のことを疑って…」言葉の節々から怒りのオーラがにじみ出ている。怖い…。 「この馬鹿者が」
その後の北の女王は上機嫌だったらしい。 そして国民は北の女王と丸眼鏡の宰相の結婚を心から祝福した。
そしてリブロが一番祝福して欲しかった人もきっとどかで二人の結婚を祝福してくれているだろう。
そうであって欲しい。
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