ちょー小咄
reason



 サファイアが眼鏡をかけているのには、いくつか理由がある。
 勿論、視力が悪いことが1番に挙げられるが、大事なことがもうひとつあった。

 人と対峙したときに、相手の目を見て話をするため、である。

 人見知りが激しいわけではないが、昔から、サファイアは人の目をみて話すことが苦手な子どもであった。
 けれど眼鏡をかけていれば、自分と他人の間にわずかな空間が出来た気がするのだ。
 だからサファイアは、眼鏡をかけると安心して、人の前に立つことができるのであった。




 そんなサファイアがレンズの向こうにオパールを捕らえたのは、天気の良い午後のこと。
 普段の彼女らしからず、魂の抜けたような顔をして庭の椅子に座っている。。
 話しかけようか話しかけまいか一瞬迷ったが、思い直して、ぼーっとしている彼女に歩み寄って声をかけた。
 「・・・・・・元気?」
 オパールはちらっとサファイアを認めて、ふっと息をついてまたぼんやりと遠くを見つめる。
 「・・・とりあえずは、元気かもね」
 「そんな風には見えないけど」
 言いながらサファイアは、オパールの横にすとんと腰を下ろす。
 持っていた数冊の分厚い本をかたわらに置くと、
 同時に、急にオパールが前かがみになって頬杖をついて吐き捨てるように呟いた。
 「思春期の女の子には、悩みなんて腐るほどあるのよーだ」
 冗談めかした口調だが、声が冷たい。明らかに拒絶されていた。

 最近の彼女とは、ひどく距離を感じるような気がする。
 どうしたものか、とサファイアは考えた。
 最初から拒絶されている時は、相手の興味をひくような話題を持ってくるのが一番いい。
 しかし、今あの話題を出したら、オパールはどういう反応をするだろう。
 怒るか、泣くか、はたまたわめくか、一生口をきいてもらえないか―――・・・。

 しばらく考えていたが、覚悟を決めて、サファイアは静かに口を開いた。
 「それって」
 オパールを斜めに見下ろす。
 「アラン王子のこと?」
 ぴくり、とオパールの肩が反応した。ゆっくりと身を起こして、険しい顔でにらむ。
 「サフ、それどういうこと」
 「・・・実は。見たんだ、この間のアレ」
 オパールの顔がみるみるうちに呆然としたような表情になった。
 サファイアは前を向いて、ぽつりと、ごめん、と呟いた。

 ごめん。
 ――――それしか言えなかった。


 借りた本を返すためにサファイアがスマートの部屋へと赴いたのは、つい先日のことだった。
 ノックして入室すると、部屋の主はなにやら真剣な顔をして水晶玉を覗き込んでいる。
 「またどこか覗いてるの? 趣味悪いな」
 げんなりしながらサファイアが本棚に向かって歩こうとすると、スマートが呼び止めて、こいこい、と手招きをした。
 眉をひそめて近づくと、彼はにんまりと笑いながら場所を空けわたし、低い声でささやく。
 「サイコー」
 「なに?」
 「いいから見ろって」
 とりあえず見てみると、どこかで見たような部屋が映っていた。
 アラン王子の執務室だ、と記憶力のいいサファイアは考える。
 アラン王子の執務室だ、と記憶力のいいサファイアはもう一度思った。
 アラン王子の執務室で―――――

 「なにしてんのこの2人」

 アランと、オパールが、キスをしていた。

 呆れたようにスマートが、変な顔をしてサファイアを見た。
 「見りゃ分かンだろ」
 「分かるから聞いてるの」
 「そりゃな。俺様がよ、オパールの学校で、面白いゲームを流行らせたんだ」
 ちら、とサファイアはスマートをみやる。続きを話せ、という気持ちを視線に込めた。
 あっさりとスマートは胸をはって答える。
 「“探索”の魔法を教えたときにな、この魔法を上達させる方法として、こういう使い方もあるんだぞーと教えたのさ。つまり・・・」
 見るからに悦に入っている魔法使いは、えほん、と大仰に咳払いをする。
 「人間の唇に対して“探索”の魔法を使えば、最後に食べたモノやキスした人間の顔が分かるぞーってな。これ罰ゲームにすると面白いぞーってな」

 (・・・・・・えげつない)
 そしてサファイアは、その後の展開に腹を抱えて転げまわるスマートを分厚い本で殴って、部屋を抜け出た。
 なんだか泣きたいような気がしたが、それがなぜだったのかは分からない。

 何度考えても。今、オパールを前にしても。
 よく分からない感情だった。



 「偶然見たんだ。悪気はなかった。ほんとにごめん」
 謝罪するばかりのサファイアに、オパールが長い長い息を吐いた。
 額に手を当てて、目を閉じて黙り込む。返す言葉もないらしい。
 しばらく間が空いて、サファイアは沈黙に耐えかねて口を開いた。
 「ねぇオパール。聞いてもいい?」
 「・・・なに?」
 「なにをそんなに、悩んでるの?」
 「あたしにもわかんないわよ」
 投げやりな口調だった。自分が信用されてないふうに思えて、サファイアは胸が痛くなる。
 また沈黙が訪れた。

 ゆれる思考の間で、サファイアは唇を噛んで考えた。
 駄目、だ。ここで引いたら―――たぶん。
 眼鏡をかけててても、オパールの顔を見れなくなる。

 「オパール・・・もうひとつだけ」
 頭を抱えたオパールがその言葉にゆるく反応する。
 「正直な話・・・あれ見て、なんか、すごく・・・イヤな気がしたんだ」
 ゆっくりと、オパールは身を起こした。サファイアを見つめる目は、冷静だ。
 どうしてこんな大人のような瞳をできるのだろう、とサファイアは頭のどこかで考える。
 「オパールがアラン王子のことを好きでああするならともかく――――不可抗力でのことなら、僕は我慢できない」

 たしかに、女学校では刺激がなくて、こういう好奇心を満たすようなことが流行ってしまうことがあるのだろう。
 けれど、もしオパールの友人たちが「オパールがアラン王子とキスしてくる」ことを望んで罰ゲームを言い渡したのであったら、僕は彼女たちに我慢がならない。
 一方で、この馬鹿げたゲームを流行らせたスマートにも我慢がならない。
 もっと言えば、ゲームに乗ったアラン王子にも我慢がならない。

 ・・・結局のところ。
 「オパールは・・・アラン王子のことが好き?」
 僕は、悩んでいる大切な妹を救うことが出来ない自分に、我慢できないのかも・・・しれない・・・。

 「あたしが・・・・・・アラン王子のことを、好き?」
 オパールは反芻した。膝の上に行儀よく乗せた手のひらが、ぎゅっとこわばるように握り締められた。


 ずいぶんと長い沈黙のあと、オパールは、ふりしぼるように苦しげに、答えた。
 「わかん、ないよ・・・・・・」
 今にも泣きそうな表情で、つぶやく。
 「わかんない・・・だって、アラン王子は・・・」


 その様子を見ていたサファイアは、たまりかねて、眼鏡をはずした。
 きっとこれのせいで、オパールとの距離が遠く感じられてしまうんだ――――。
 「オパール」
 向き合ったサファイアの視線は、まっすぐにオパールの瞳を射抜いた。
 「泣いて、いいよ」
 オパールが、一瞬うらめしそうにサファイアを見た。
 なによそれ、と言いながらも、彼の肩口に額を落とす。
 サファイアは黙って頭をなでてやる。わんわんと泣くのではなく、ただ、静かに涙する彼女を見て、やっぱりオパールは自分より大人だ、と少しだけ思った。
 僕は、声を上げて泣きたい気分だ。

 「・・・なんで泣けちゃうのかな」
 ぽつりとつぶやくオパールに、サファイアは答える。
 「たぶん・・・」

 どうにもならないことを痛感したときに。
 子どもは、泣くのだと思う。

 そう言うと、オパールは軽く笑って眼を閉じて、また涙をこぼした。
 「――――・・・オパールの好きなようにすればいいと思う」
 どうにかなるように、僕は協力してあげるから。
 「・・・そう、ね」
 でも、今はまだいいわ・・・と、オパールはすがりつくように呟いた。

 「とりあえず元気が出たから・・・ちゃんと、アラン王子に謝るわ」
 そうだね、とサファイアは頷く。
 それが一番いいのかもしれない。


 僕らはまだ子どもだから。
 僕らにはまだ何もできないから。
 ・・・僕らには可能性が詰まっているから。


 急がなくてもいいんだ、たぶん。
 きっといつか、何かできる日がくる。



 「サフの瞳って、綺麗ね」
 唐突に、オパールが身を起こして言った。ぱちりとまばたいたサファイアは赤くなる。
 「自分と同じだろ」
 「ううん、全然違うと思うわ。すごく綺麗。なんでいつも眼鏡かけてるの?」

 眼が悪いから、とサファイアは蚊の泣くように答えたが、本当のことを言えるわけがない。


 世界がまぶしすぎて、直視できないなんて。
 (眼鏡をかけていないと、自分がその光の中に吸い込まれそうで、嫌なんだ・・・)

 「サフ・・・ありがと」
 その言葉にサファイアは応えず、ただ黙ってわずかに笑んだ。


 風が出てきて二人の髪をくすぐっていった。

 ―CONTINUE―




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