ちょー小咄
kiss me



 「アラン王子、キスしましょ」
 その少女は腰に手を当てて偉そうに言った。
 「もちろんおでことかほっぺとかじゃなくて、口付けよ」
 真摯な瞳、きゅっと結ばれた唇、そして―――心なしか頬が薄く染まっている。
 アランの執務室で補佐をしていたグーナーが派手に書類をぶちまけ、あんぐりと口を開けたのを オパールはちらりと見て、軽く笑んだ。

 その様子は、14歳だという侮りを寄せ付けない雰囲気を漂わせている。


 アランは目の前の金髪の少女を穴の開くほどみつめた。思わず仕事の手まで止まってしまったが、そんなことはどうだって良い。
 問題は、目の前の、彼女。

 しばらくの間、三者の間には言葉がなかった。
 ただ、窓から入ってくる風だけが、少女のまっすぐな髪をゆらしていく。

 「・・・急にどうしたの、オパール」
 「どうしたもこうしたもないわ。切羽詰まってるの」
 「・・・そんなこと言われても」

 キスって言ったら、乙女の夢じゃない?
 ――――アランは考える。
 (オパール、まだ14だし・・・)
 切羽詰ってすることなのだろうか?
 (・・・欲求不満?)
 それとも――――
 (最近の子供は早熟なのかな)

 「オパールって、他の人ともそうしてるの?」
 紡ぎだされた言葉は、もやもやとした感情から、知らず、冷たい響きを帯びた言葉になってしまった。
 グーナーがぎょっとしたような表情でアランを見る。
 アランはオパールをみる。
 オパールはわなないた。
 「・・・・・・ばっ・・馬鹿! あたしそんな節操なしじゃないわよ? どっかの誰かと違ってね!
 これには、ちゃんとしたワケがあるんだから・・・っ」
 そこまで言って、オパールはぱふっと口元を覆う。視線が泳いだ。

 「・・・へぇ。ワケありねぇ。・・・ワケ。・・・どんな?」
 極上の笑みを浮かべて、アランは尋ねた。
 グーナーはその笑顔にまたぎょっとしつつ、視線をそらす。
 (王子・・・怒っていらっしゃる)
 オパールも気づいて、しまったと思ったが、もう遅い。
 そうしてあちこちに視線をさまよわせ、しばらくの間あがいていたが、やがて盛大なため息をついてうなだれた。

 「基礎魔法学の授業で、『探索』の魔法を習ったの」
 「・・・探索?」
 「そう。たとえば、物があったとするでしょ、それでこの魔法を使うと、物に触れた人物の様子が分かるのよ。
 つまり、持ち主が分かるってわけ」
 「・・・ふうん。で?」
 「――――今日の昼休みに、学校のみんなでゲームをしたの。私、それで負けてしまったから」
 「キスしてこい?」
 「・・・そう」
 オパールは息を吐いた。
 「『探索』の魔法を応用すれば、誰とキスしたかって分かるでしょ?
 証拠を探るのに術を使えば練習にもなるし、好奇心も満たされる。で、最近、この罰ゲームが今、学校で流行ってるんですって」

 「・・・へぇ」
 アランは笑みをもらす。
 「それで、どうして僕なの?」
 「あら。だって」
 オパールは当然!と言った様な顔つきになった。
 「私の周りにいる男性って、多いようで少ないのよ? 自分と同じ顔の人間とキスするくらいなら、宝珠としたほうがマシだし?」
 それを聞いたグーナーがうっと口元をおさえる。不覚なことに想像してしまった。
 「みんなにはお父様の面だって割れてるし? グーナーには奥さまがいるでしょ? スマートは80歳越えてるから、まず論外。
 ・・・さ、他に誰かいて?」
 にこにこ、とオパールはのたまった。

 アランはちょっとだけ別の答えを期待していたが、まぁそんなものかと息をつく。
 机に手を置き、無言で席を立った。

 「グーナー。あっち向いてなさい」
 「え・・・あっ、はいっ」
 “お仕事モード”の命令口調にめんくらったように答え、忠実な従者はくるりと回れ右をした。
 アランの足音が遠ざかる気配がする。
 見たい、とグーナーは切実に思った。
 浮いた噂ひとつない王子様のキス騒動――――うぅ、見たい。


 一方のオパールは、ざかざかと近づいてくる影に、憤然と立ち向かう。
 彼とのキスを今まで想像してなかったわけではないが、ハッキリ言うと――――経験がないから想像できない。

 アランがあと2歩、という距離まで来たところで、オパールは腰に手を回された。
 片手で、軽々と引き寄せられたことに不意をつかれ
 続いて後頭部にかかったもう片方の手の感触に不意をつかれ
 あれよあれよという間にアランの唇が降ってくる。
 (わ、わ・・・わっ)
 オパールは慌てて目を閉じた。

 はじめは、少し下ろした前髪に。
 次は、かたく閉じられた右瞼に。
 続いて、紅潮した左頬。
 そして・・・・・・・・・・・・
 (―――――――っ)

 唇に。


 優しいキスだった。
 オパールが所在ないのに困った両腕をそっとアランの背中に手を回すと、
 彼は一度唇を放した後、もう一度口付けてきた。
 差し入れられたやわらかなものが、ゆっくりとオパールの口内を踊る。
 腰に回されていたはずのアランの手は
 オパールの背中を伝って、やわらかく背筋をたどっている。
 気がつけば、しがみつくような格好になっていた。
 心の声まで奪われるような感触にオパールは酔う。
 気が遠くなりそうなほど長いキスだった。


 慌てたのは、グーナーだ。
 (アラン王子―――! 相手は14歳ですよぉぉぉぉぉ!!!!
 いつまでやってんですかぁぁぁぁ!!)

 我慢できなくなってちら、と背後をみやると、丁度アランが身動きしたところ。
 更に向こう側のオパールが――――

 ずるっ

 と滑り落ちるように床に膝を着くところだった。グーナーは駆け寄ろうとし、アランは慌てて抱えようとしたが、オパールはゆるく首を振る。
 「・・・だ、大丈夫だから。自分で立つわ」
 言って、ふらふらと立ち上がり、ふらふらと歩き、だすっと音を立てて扉に体当たりしつつ、ふらふらとものも言わずに出て行った。

 ・・・きっと、自分でも何してるのかわかってないに違いない。

 グーナーはそっとため息をついた。
 傍らの主を見上げて、にらむ。
 「アラン王子」
 「ん」
 「手加減して、かるぅく、口付けなさるだけでよかったのでは?」
 「・・・・・・・・・・・・見るな、って僕言ったはずだけど」
 「いや見てませんけど分かりますって。そうじゃなくてですね、相手は子供なのだから」
 うん、とアランは頷いて、カリカリと頭をかく。
 「そうするつもりだったけど、いざやってしまうと理性がね。彼方にね」
 「・・・・・・」
 「や、やっぱ・・・あれは駄目、だった?」
 ――――いや、駄目とかいうより。

 「ジオラルド様がご存知になったら・・・殺されるだけじゃすまないですよ?」
 そのセリフに眩暈を感じつつ、「たしかに・・・」とアランはひとりごちた。

 「グーナー」
 「黙っておけばよろしいんですね。はいはい」
 「・・・頼む。まだ死にたくない」
 げんなりとしてつぶやくアランに、グーナーは苦笑する。
 「そうですよ。仕事は多いのですから、やることやってから死んでくださいね」
 アランはその言葉に、死ぬならやっぱ・・・いい夢見てからだよなぁ、と思わずにはいられなかった。
 仕事一筋で生きるのは、やっぱりちょっと哀しい。

 「ま、彼女にはいい薬になったんじゃないかな」
 その言葉に肯定するようにグーナーは頷いて、続きを言った。
 「・・・オパール様にあらせられましては、何事にも好奇心旺盛で・・・時に危険な行為にまで及ぶこともございますからね」
 「そうそう。これに懲りておとなしくして欲しい、とね」
 「・・・でもそれ、なんか責任転嫁のよーに聴こえますけど。大人気ないですよ王子」
 アランは声もなく笑うしかなかった。


 同じ頃。
 別室にて、鉄色の髪の魔法使いが一部始終を覗きつつ、腹を抱えて笑っていた。
 この男を、諸悪の根源ともいう。
 かたわらで、まっすぐの金髪を軽く束ねた少年が、たまりかねたように彼から視線をはずし、ため息をついた。
 (なんてえげつない・・・)
 つまり、この罰ゲームを考え出したのがスマートであるということは、本人とここにいる少年以外、誰も知らない事実で。
 (もしかして、一番の不幸者って、僕?)
 偶然とはいえ、知ってしまったことが哀しくもあり、悩ましくもあった。

 手に持っていた魔法心理学の分厚い本をにぎりしめる。おもいっきりふりかぶって

 (・・・正直言って、見たくなかったな)
 サファイアはお兄ちゃん風をふかしながら、ぽつりと思った。

 倒れて動かなくなったスマートに、冷たい一瞥をくれる。
 「スマートが悪い」
 どんな顔をしてオパールに会えばよいのか。
 どんな顔をしてアランに会えばよいのか。

 サファイアはこの後、しばらく悩むことになるのだった。



 ―CONTINUE―




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