ちょー花咲く命 あるかぎり






― 後編 ―



 バロックヒートと別れたところまでを話したレティシァは、ふと、話す口を閉じた。
 少しうつむいて、なにかをかみしめているようだった。
 タロットワークは黙ってそれを見守る。ここで口を挟んではいけないような気がした。やがて一陣の風が通り過ぎ――――また、レティシァは毅然と頭をあげて、穏やかな声で語り始めた。
 「彼がいなくなってから半年ほどたった後、わたくしは新たに子供を授かり・・・そして、数ヶ月のちに流産をしました」
 タロットワークが驚いたように目をみはる。
 「・・・ご存じないでしょうね。ダイヤモンドも知らないことだもの」
 レティシァは微笑して、庭の彼方の空へと視線を転じた。
 彼が消えたのは、ここでのことだった。
 後悔するはずない、と思っていたにもかかわらず、彼の存在はとてもとても大きかったのだ。毎日、胸が張り裂けるような痛みを感じながら、暮らした。
 「子育てに没頭すれば、彼がいない寂しさを少しでも紛らわせるのではないかと―――そう、思って・・・」
 けれど――――。
 「ダイヤモンドも、ひとりでは可哀相だと思ったの。だからまた、わたくしは子供を望んだのです。けれども、3度目に妊娠した子も4度目に妊娠した子も、流れてしまった・・・」


 どうして、とレティシァは嘆いた。
 どうして何度も・・・!

 「――――レティシァさま、非常に申し上げにくいことなのですが・・・」
 ある日、そう告げてきたのは、王宮の医師団のひとりだった。わざわざ単身でレティシァの離宮を訪れ、そして、言ったのだった。
 「御子がお流れになってしまうのは、貴女さまの御体に原因があるかと」
 ――――それは、予想だにしていないことで。
 「わたくし、の・・・?」
 はい、とその医師は目を伏せた。
 「でも・・・っ! ダイヤモンドは無事に」
 「ですから――――・・・我々も、ダイヤモンドさまが胎内で無事にお育ちになったことを、疑問に思っているのでございます」
 まだ若いその医師は、腕利きの魔法使いでもあった。苦々しい表情ながらも淡々と説明をする。
 レティシァの妊娠に際して、彼らは幾度となく検診を行ってきたわけだが、医師団はレティシァが無事に出産を迎えることは皆無に近い、ということを判断していたというのだ。
 「ダイヤモンドさまのご誕生は、奇跡だとしか・・・」
 言いよどむ医師の前で、レティシァは石のように硬直していた。

 子どもが産めない自分。
 バロックヒート。
 ――――『よい、贈り物』。

 すべての点に線が走ったように思われた。
 繋がりゆく、ひとつの事実。



 「バロックヒート!」
 医師が帰ったあと、レティシァはその場で叫んだ。レティシァが大きな声を出すことはめったにあることではないけれども。

 「バロックヒート! 出てきてちょうだい! 喚ばれていること、分かっているんでしょう!?」
 必死で、懇願するように叫んだ。
 「バロックヒート・・・っ!!!」


 何度目かの呼びかけに――――ふわり、と庭で気配がした。
 レティシァがはっとしたように顔をあげ、庭へ続くテラスへと駆けて出る。
 そこに、彼がいた。
 姿を消したあの時と同じ格好で。

 憂いをたたえた眼差しのまま。



 「バロック、ヒート」
 レティシァはつぶやいた。言いたいことが言葉にならず、涙が出そうになる。
 「・・・バロックヒート」
 こらえきれず、口から嗚咽が漏れた。
 バロックヒートは驚いたように膝をつき、レティシァの背中にそっと腕をまわし、気遣わしげに声をかける。
 「レティシァ。何か・・・あったのか?」
 反射的に首を横にふって、レティシァは小さく言葉を放った。
 「――――ずっと、見ていたのでしょう? 愚かな私を」
 予想に反して、バロックヒートは首をふった。
 「いや・・・見てない。君がもう二度と顔を見せるなと言ったあの日から、わたしはずっと今まで眠っていたよ」
 別れたあの日までは毎日のように異空間から見守っていたけれども。
 「・・・君が望まないことはしない、と誓っているから」
 レティシァは顔をあげる。苦しそうな表情だった。

 「・・・ごめんなさい。ごめんなさい、バロックヒート」
 「レティシァ? だから何があったのだ・・・?」
 「私が愚かだったの。・・・あなたがしたことを、理解できなくて・・・っ」
 バロックヒートはその言葉にわずかに瞠目し、そして目を伏せた。
 「レティシァ・・・これだけは言わせてくれないか。あの魔法は、君に捧げたのではなく、ダイヤモンドに贈ったものなのだ。だから・・・君にはまったく、迷惑は」
 そんなの、知っている。
 レティシァはぎゅっと目をつぶって、かぶりをふった。
 「あなたは、私のために・・・『ダイヤモンド』を守ってくれたのね」



 ダイヤモンドは、もともと、産まれてくるはずがなかったのだ。
 バロックヒートはそれを察して、ダイヤモンドに『よい贈り物』を授け――――結果的にバロックヒートの魔法で守られたダイヤモンドは、この世に生を受けた。

 ――――それは、彼が私のためにしてくれたこと。
 私には一切の魔法を使わずに、私の望むことをしてくれた、ただひとつの私への魔法。

 奇跡という名の。


 「本当に、ごめんなさ・・・・・・」
 言いかけたレティシァの涙まじりの瞳を、バロックヒートは静かに捕らえる。
 後悔。謝罪。感謝。その様々な想いを一度に受けながら、寂しげに微笑んでバロックヒートは言った。
 「花咲く命がある限り」
 つぶやきながらレティシァの思念を少しだけ覗き、バロックヒートは目を閉じて続ける。
 「花は咲くべきなのだよ、レティシァ。・・・流れた子たちは――――残念だったね」



 「バロックヒート・・・」
 ――――この名前を呼ぶとき。私の心には、いつも、あたたかな光が灯る。
 「バロックヒート」
 ――――きっと私は、彼を愛しているのだろうと思う。それは恋人に対するものなのか、友に対するものなのか、判断はつかないけれども。
 「ありがとう・・・」

 悔しいけれど、この気持ちは認めざるを得ない。
 いかないで。
 そばにいて。
 あなたが必要なの。


 ―――――――バロックヒート。




 「ダイヤモンドは・・・そうして生まれてきたのです」
 レティシァは穏やかに笑んで、タロットワークを見て、目を細めた。
 「この話をしたのは、あなたが初めてよ。サリタ・タロットワーク」
 「え? ええ・・・っあ、あの、すみません僕・・・その、混乱してしまって」
 「無理もないわね・・・」
 タロットワークの慌てぶりを見ながら、レティシァはくすりと笑う。
 「・・・あの子はわたくしにとって、本当にかけがえのない存在でした。ダイヤモンドがいてくれたおかげで、強くなれたし・・・」

 おかげで、本当に大切なものを学んだ気がする。

 「・・・『結果』というものは、えてして突出して見えるけれども、そこには必ず『過程』というものが存在するわ」
 「・・・はい」
 タロットワークはまだどきどきする胸をおさえながら、背筋を伸ばして拝聴の構えをみせた。
 レティシァは、ひとつずつ探るようにしながら、言葉を紡いでいく。
 「『過程』は・・・見えにくいものだけれども、『結果』と同じように大切なものなのだ、とわたくしは思うの」
 タロットワークは頷いて、言った。
 「バロックヒートが『良い贈り物』を授けたという『結果』の裏には、先ほどのお話のような事情・・・『過程』があった、ということですね」
 「ええ」
 レティシァは頷いて、息をつく。
 「何度も言うようだけれど――――バロックヒートは、何でも可能にする力を持っています。だけれども・・・・・・その力を利用するには、それなりの『過程』が必要ではないか・・・と思うのです」
 「ダイヤモンドさまを探すという名目では、『過程』になり得ないとおっしゃるのですか」
 そうね、とレティシァは苦々しく呟いた。
 「あの子の無事を私も知りたい。でも、そんな私情でバロックヒートに頼っていいのかと――――ごめんなさい。やはり、迷うわ」
 「レティシァさま・・・」
 タロットワークは目を閉じる。
 まぶたの裏に映るのは、ダイヤモンドとジオラルド、そして子どもたち、ラボトロームの関係者たち――――。
 「けれども、僕はこう思います」
 言いながら静かに目を開けて、タロットワークは続けた。
 「たぶん、『結果』は続いていくのです」

 子どもたちが在るために、ダイヤモンドという存在が必要であったように。
 ダイヤモンドが生まれるために、バロックヒートが必要であったように。
 バロックヒートがその力を奮う以前に、レティシァと出会っていたように。

 「今までの、過去の『結果』が繋がって、ひとつの『過程』になっていると、僕は思うのです・・・。ですから今回の件に関しては、『過程』が云々というよりも、ひとつの『結果』にしてしまって・・・それを未来から見たときに『過程』とみなされれば、それでよいのではないでしょうか」
 レティシァは吃驚としたように瞬いていた。タロットワークは徐々に赤くなる。
 「その・・・だから。この【春】という季節が綺麗なのは、【花が咲く】という結果があるからだ、と、思うんです」
 「そうね・・・まあ、そういう風に考えるのもいいのかもしれませんね・・・」
 つぶやくようにぼんやりと言うレティシァに、タロットワークは立ち上がって頭を下げた。
 「・・・彼の人の力を、容易にあてにはしない、とお約束します。
 自分たちで精一杯努力して、それでも駄目なときに、お師匠様と二人で頼ります。その努力を過程とみなしていただけないでしょうか」
 お願いします、とタロットワークは必死で言霊を発した。

 しばしの沈黙のあと、レティシァの穏やかな声が、頭上に降り注ぐ。
 「あなたに・・・いいえ、あなた方にも、バロックヒートが必要なようね。わたくしひとりが彼を縛っていては、本当に必要としている人々に申し訳ないことですし・・・そうして縛っていても、何の意味もないわ」
 「・・・・・・じゃあっ!」
 顔をあげるタロットワークに、レティシァは微笑んだ。
 「信託を差し上げましょう、タロットワーク」
 そうして、お行きなさい、と告げる。
 「未来は自分たちで作るもの。わたくしが関わることができるのは、ここまでです」
 「レティシァさま・・・」
 「ダイヤモンドはもう、わたくしの手を離れたの。それは寂しいことだけど、仕方のないことだわ。あとはあなた方が、あなた方自身で物語を作り上げていかなければ」
 タロットワークは力強く頷く。
 そして、ここまで後押しをしてくれたレティシァに感謝して、もう一度頭を下げた。

 「・・・タロットワーク。――――もしよかったら、でいいのだけれど」
 去りかけたタロットワークの背中に声がかかり、彼が足をとめて振り返ると、レティシァはダイヤモンドによく似た眼差しを向けながら口を開いた。
 「物語がその後どうなったか、いつか話をしに来てくれたら嬉しいわ」
 タロットワークは破顔する。

 春の光を受けて輝くその笑顔は、レティシァの心にいつまでも、いつまでも残った。



 時は過ぎる。
 彼がその後レティシァの元を訪れることはなかったけれども、何度か、几帳面な字での便りはあった。
 それもやがて途絶えてしまい、レティシァと彼の間には、7年間の空白が横たわることになる。


 7年間の、空白。
 それはまた、別の物語。



 ***** ***** ***** ***** ***** *****



 「お久しぶりね、バロックヒート」
 久々にレティシァの前に姿を見せたバロックヒートは、青い肌の人間ではなく、元の獣の姿をしていた。目を細め、レティシァは言った。
 「その姿、何年ぶりかしら」
 「・・・・・・もう7年になるね」
 「――――――――そう・・・」
 レティシァは、庭先のテラスでレース編みをしていた手をとめ、微笑んだ。
 「近頃ダイヤモンドも、ジオラルドさんも、あなたでさえも来てくれないから・・・わたしのこと、忘れたのかと思っていたわ」
 バロックヒートは困ったように肩をすくめる。
 「すまないね。色々と立て込んでいてね・・・でももう、君が心配するようなことはないよ。彼らが来なくなったのは、実体を取り戻したからだ。・・・元気で暮らしているよ。そのうち、顔を見せに来るだろう」


 そうして、レティシァが知らない物語をバロックヒートは話して聞かせた。
 それをしばらく相槌をうちながら聞いていたレティシァは、ふと、思い出したように話の腰をおる。
 「あのね、バロックヒート。最近、ちょっと変わった贈りものが届くのよ」
 「贈りもの?」
 「ええ」
 レティシァは立ち上がり、部屋の中へ消え、またすぐに戻ってきた。手にはいくつか箱を抱えている。
 「これ、なのだけれど」
 言いながらレティシァが簡単な装飾がほどこされた小箱を開けると、そこには小さな花がたくさん、詰まっていた。
 いくつも、いくつも。手のひらに乗る箱の中で輝いている。
 「これ・・・全部、宝石よね?」
 バロックヒートはまぶしそうにそれを見つめた。ひとこと、ああ、と呟く。
 サファイア。オニキス。オパール。
 ダイヤモンド。
 真珠。珊瑚。瑪瑙。
 それらの石を加工して出来た「花」が、いくつも、陽光を浴びてさんざんと輝いていた。
 「時々ね、このテーブルの上に思い出したように置いてあるのよ」
 それから、とレティシァは付け加える。
 「この羽と一緒にね」
 別の箱を開けると、中では、濡れたような色の黒い羽が、何枚も鈍く光っていた。

 バロックヒートは何も言わない。
 レティシァも、それ以上は言わなかった。ただ、ふわりと笑んで、そっと羽の箱を閉じる。同じような細工の、かたわらのもうひとつの箱を手に取って、蓋を閉じようとした。
 ――――と、そこで一瞬だけ手を止めて、惜しげもなく咲いている石の花を見つめる。


 春の光の中で輝いていた彼の笑顔を思い出した。
 それに、ダイヤモンドの笑顔が重なる。消えるか消えないかの残滓の中に、ジオラルドの暖かな微笑みが乗った。
 そして、バロックヒート。


 咲き続ける物語がある。
 それは、人が生きている限り。
 花咲く命があるかぎり。

 どこまでも、どこまでも、続いていくのだ。


 レティシァは穏やかに笑んで、そっと静かに蓋を閉じる。
 どこかで、新たな物語が、始まろうとしていた。



「ちょー花咲く命 あるかぎり」 完


■解説■

タイトルに使用した「花咲く命あるかぎり」という曲は
ギタリストの村治佳織さんのアルバムの中の1曲から拝借したタイトルです。
CDの解説書の中には、
「アテニャンの曲集に見られるが、原曲はセルミジ(1490頃-1562)の歌曲である。
ヨーロッパの合唱曲に興味を持つ人なら、かならず耳にしている名曲」とあります。

私は知らない曲でしたが、イメージとしては、映画「天空の城ラピュタ」で
“回想シーンでシータがおばあさんになぐさめられている時”に流れる1曲に似ています。
ギターの旋律が静かに流れますよね。
優しくけれども切ない曲、そんなイメージです。


管理人は、レティシァお母さまが大好きです。
きっと、色々と辛いことを乗り越えてこんなステキな人になったんだろうなぁ・・・と考えていたら
この物語が自然と私の中に沸き起こりました。
ものっすごく創作してありますが、
「二度と顔を見せるな」とレティシァから言われたバロックヒートが
彼女から赦されるには、これぐらいの理由がなきゃなーとも思ったので(笑)
そんなわけで、2人の物語が出来ました。(サリタはあくまでもおまけです。ごめんねサリタ)

レティシァとバロは
おそらく「ちょー」シリーズの中で一番強い絆を持っているのではないか、と私は思ってます。
親愛や家族愛・・・愛にも色々あるとは思いますが、
彼らはそれらをはるかに越えた感情で結ばれているのではないかと。

推測であり、妄想でもあるんですけど(笑)

とにかく、無事に書けてよかったです。
1年間、心の中にしまっておいた甲斐がありました(爆)


この作品の最後を「ちょー薔薇色の人生」と似せたのは、
あの物語(原作)とちょっとリンクさせたかったからです。
きっと、ちょーの世界は、これからも続いていくのだと思います。

ちょーに、心からの愛を込めて。
2004・12・28 なぎさかおる


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