■秘密 the Secret −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「ちぇっ。サフはいいよなー」
このところオニキスは、毎日サフの書庫にやって来てはこんなセリフを残して行く。
「オニキスも書庫が欲しいのか?」
めがねの淵をつまんで押し上げながら、サファイアは斜めにオニキスを見下ろして言った。
2人の背丈は大して変わらないが、彼が見下ろせたのはサファイアが脚立のてっぺんに乗っているからだ。
「や。書庫はいらねぇんだけど、自分の趣味の部屋があるっていいじゃん」
「じゃあ、お前も何かエライことしろよ。というか、どんな部屋が欲しいわけ?」
問われて、オニキスはかりかりと頭をかいた。
「んー・・・やっぱ面白ぇ部屋かな。ベッドに行くのに階段がついてたり、そのベッドの下が隠れ家みたいになってたりさ。な、冒険ちっくでいいだろ?」
へへっと笑い声を上げながら、嬉しそうに語る。その様子を見ながら、サファイアはひきつった笑みを浮かべた。
「いくつだよ、お前」
ちょっぴりつめたいサファイアの声に、オニキスはきょとんとして答える。
「え、俺? お前と一緒」
そんなことは分かってる。僕たちは三つ子だからな。僕は君の精神年齢がいくつだか聞きたいんだよオニキス。
サファイアは喉まで出かかった声を飲み込んで、持っていた本に目を落とした。
循環連分数についての1つの定理の証明がつらつらと書いてある。それを見ることでいきりたつ心を鎮め、彼は改めてオニキスをみやった。
「欲しいなら、何かしろ、オニキス」
ひとこと、ひとことを区切って言うと、オニキスは首をかしげて困った顔をした。
「でもなー、俺、何をしたらいいか、思いつかないんだ」
「そんなこと知るかよ。僕はノウベル数学賞を最年少で受賞したから、御褒美に蔵書1万冊の書庫を作ってもらったんだ」
「そんなの知ってるさ。それはお前だから出来たことで、じゃあ俺は何をしたらいいんだよ」
一歩も引き下がろうとしないオニキスは、憤然とサファイアを見上げている。
「・・・・・・・・・」
サファイアは折れた。
「じゃあ、オニキス。お前今度の国内大会に出れば?」
「えっなにそれ」
「ラボトロームの総合国内大会だよ。色んな競技があるんだ。スポーツとか、武術とか、魔法の実技競技なんかもさ。10年に1度の大会だから、何かの競技で優勝でもすれば、僕ぐらいのハクがつくんじゃないの」
もっとも、国内外からつわものたちが集まってくるから、簡単には無理だろうけど。
そう心の中で付け足したサファイアとは裏腹に、一部始終を聞いたオニキスの顔はこれ以上無いほど、輝いていた。
「すっげー!! それ面白そう!! 俺やろうっと! あんがとなサフ!」
にかっと笑って言うや否や、書庫から飛び出して行く。
入れ違いに入ってきたスマートが、剣呑そうな顔をして入り口で立ち止まり、オニキスの背中を見送った。
「・・・なんかあったのか?」
「勝手にバカやってるだけだと思うよ。・・・ところで何か用なのスマート? 仕事は?」
「仕事はねぇ!」
ラボトローム宮廷付きの魔法使いは胸を張ってそう言い切ったが、無いわけがなかろう。きっとまたサボったに違いない。
サファイアはため息をつきながら脚立を降り、スマートにゆずった。
「スマートのことだから、アレに用があるんだろうね。はいどうぞ」
「おっサフ、気が利くな!」
にへらっと笑いながら、スマートは脚立を中ほどまでのぼり、あちこちから数冊の本を抜き取った。
数学、科学、歴史―――――と、どれも真面目そうな書籍ばかりであったが、スマートの緩んだ表情からは、なんだか本の内容が想像できない。
「しっかしお前もよくやるよな。この部屋の約0.1割がエロ本だなんて」
サファイアは小さく笑った。
「何度も言うけど、開封魔法は部屋でやってよね。バレると面倒だから」
「俺、お前の将来が末恐ろしい。よく考え付いたな」
「僕の趣味だから」
さてその“趣味”とは、エロ本を集めることなのか、それを書庫に巧妙に隠すことなのか、隠すための書庫を所望したことなのか。
あえて言わず、サファイアはにっこりと笑った。
「同士なら、協力してよねスマート」
「おう勿論! このことは誰にも言わないぜ!」
「それもだけど、新刊補充とか」
「・・・おおう。了解」
目の前の子供の将来を本気で恐ろしく思いながら、鉄色の髪の魔法使いはこっそり思った。
(どこで育て方間違えたかねぇ。やっぱリオ・アースの影響か?)
知っちゃいけない、知られちゃいけない、ノウベル数学賞・最年少受賞者のウラの顔。
この部屋の事実は、サファイアとスマートとだけの秘密であった。
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