「愛してるよダイヤ」
にこにことジオは言い、言われたダイヤモンドも極上の笑みを返す。
「はい、7668回目」
ジオラルドは間髪いれずに返ってくるその言葉に、ちょっとだけげんなりした。
■約束 the Promise −−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−−
「ねえダイヤ、いい加減、それやめない?」
「どーしてよ?」
しれっと言ってそっぽを向き、ダイヤモンドはテーブルの上にあったグラスを手にとって天を仰いだ。冷たくて爽やかな水がするりと喉を潤す。十分に味わってからコトン、とグラスを置いて、ダイヤモンドは口を開いた。
「1万回の愛の言葉をくれるって言ったの、ジオじゃん」
「それは・・・、そりゃ約束したけど」
夏の青空の下、ラボトローム宮殿の小さなテラスの中で2人は語り合う。宮殿の周りには水がひいてあるので、南国の夏といってもここは涼しいところだった。
「数えられるのはたまんないよ」
「でもプロポーズの言葉となっちゃーねー。約束は守ろうよ。男でしょ、ジオ」
今となっては妻となった女性の刺すような視線には、耐えられない。ジオラルドはうなだれた。
「はい・・・」
「結構。あたしも愛してるわ、ジオ」
んふふ、と声を立てて笑ったダイヤモンドは、テラスの入り口に見慣れた顔を見つけ、声をあげる。
「サリタじゃん。やっほー何してんの?」
「姫」
黒髪の痩身の魔法使いは、微笑みながらゆっくりと歩み寄ってきた。
「ちょっとアラン王子のところに用があって。・・・殿下、どうかした? 元気なさそうだけど」
ジオラルドは哀しそうな視線を送っただけで答えない。傍でダイヤモンドが苦笑した。
「ちょっと叱咤激励してあげただけ」
それは可哀相に、とサリタは心中でつぶやき、ジオラルドに同情した。ダイヤモンドの叱咤激励は“ちょっと”という副詞をつけたって、その規模は押さえられるものではない。
「サリタ、丁度良いからなぐさめてあげて。あたし寝てくるから」
ダイヤモンドは肩をすくめて椅子から立ち上がった。サリタが驚いたように問いかける。
「姫、どこか具合でも?」
「んーん別に。ただ生理ってだけ。眠いのよねー生理の時って」
その頓着しない言い回しに、サリタはなんとも言いようがなく、ただ力なく微笑った。
「じゃあね」
ひらひらと手を振って消えて行くダイヤモンドの姿を見ながら、サリタは腰を下ろした。
「殿下、悩みなら聞くけど」
「悩みっていうか・・・」
「でも悩んでる」
きっぱりと言い切るサリタに、ジオはため息をついた。
「うん・・・じゃあ言うけど。・・・サリタは、知ってる? 僕のプロポーズの言葉」
「えーと、うん。たぶん全部言えると思う」
全部ってなに。ジオラルドはちょっと思ったが、口には出さない。
サリタはそんな彼をよそに、平気な顔で聞いてくる。
「何回目の?」
「7回目のやつ」
「ああ・・・『1万回の愛の言葉を贈るよ』ってあれ?」
「そうそれ」
ジオは言いながらまたため息をつく。
「言った端からカウントされて、たまらないんだ」
「でも、殿下」
サリタはにっこりと笑った。
「10000粒のダイヤモンドをくれ、ってよりはマシだと思うよ」
ジオラルドは一瞬考え込んだが、それもそうかとうなずく。
「わかった。頑張る」
そう、それに、「獣の格好じゃなきゃヤだからね」なんて限定されているわけでもないし。
彼女が喜んでくれるのなら、それでいいし。
思い直したジオラルドは、頬杖をついて庭をながめた。夏の光が風にながされて、庭中の草花に降っている。
1万回目の愛の言葉は、どんな風に言おう。どんな反応をくれるだろう。
そんなことを考えれば、さきほどの悩みなんてちっぽけなものでしかない。
ジオラルドの脳裏に、遠い日の記憶がよみがえってきた。
―――――姫っ!
―――――な、何よジオ。真っ赤な顔して。
―――――いい1万回の愛の言葉を、君に贈るって約束する!
―――――・・・なによソレ。7回目のプロポーズ? つか1万回って、あんたにそんな根性あんの?
―――――君が全部受け取ってくれるっていうなら、苦じゃない・・・と思う!
―――――ふ〜〜〜〜ん。・・・あっそ。
ちょっと反発するような、けれど照れくさそうな顔をしながら、ダイヤモンドは確か言った。
―――――考えとく。
そうして、ジオラルドが8回目のプロポーズをすることはなかった。加えて彼女は、今でもすべての愛の言葉を受け取ってくれている。
「幸せな悩みなのかもなぁ」
ぼやくジオラルドに、サリタは噴出す。
「そうだね、殿下。僕から見れば、幸せすぎるほどだよ」
幸せな日々、幸せな家庭。
そうだね、サリタ。僕は幸せすぎて、周りが見えなくなっているのかもしれない。
「・・・今、すごくダイヤに『愛してる』って言いたい気分」
遠くを見つめてつぶやくジオラルドに、サリタは面白そうな顔をした。
「じゃあ、僕が姫にそう伝える。それで、殿下もちゃんと言う。そしたらプラス2回だ」
肩の力が抜けるような親友の言葉に、ジオラルドはただ笑った。
彼女が目覚めたら、一番に言おう。
「さっきはごめん」の意味を込めて。
(ダイヤ、愛してる―――――)
同じころ、夢の中でその声を聞いた気がしたダイヤは、幸せそうに、寝返りをうっていた。
誰も知らないその事実を、ラボトロームの明るい空だけが静かにみつめていた・・・。 |
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