十二国記小咄
will
仙籍に入るまで、知らなかったことがある。 仙籍に入ってから、分かったことがある。 そのうちのひとつが、「年をとらない」ことと「成長しない」ことは同義ではない、ということなのだけれども。 珠晶にはどうしても、それに関して気になることがあった。
つまりどういうことかと言うと。 みかけの年は変わらなくても、それなりの変化は体に現れるものなのである。
例えば、清潔に過ごすためには風呂はかかせないということ。 理由はもちろん、垢が出るからである。
例えば、髪の毛が伸びること。 現に珠晶の髪は、仙籍に入った頃よりも随分と長くなっていた。
それから、食べるばかりでは太ってしまうということ。 仙骨があるから体重にたいした変化はあらわれないけれども、それでも見かけは丸くなることが判明している。
・・・と、珠晶はそこまでの情報を軽く整理してから、おもむろに自分の胸を見下ろした。
(この理論で行くと、これも、成長するってことよね・・・)
見下ろした先には、真っ平らな空間が広がっている。
(別にムネが大きくなって欲しい、ってわけじゃないけど)
そう、それにはそれなりの理由があるのだった。
12歳で仙籍に入った珠晶の体は、何年経とうが何十年経とうが、変化は見られない。 頭の中身はどんどん成長していくというのに、幼児体型のまま月日が過ぎていくことには、珠晶はちょっとどころではない憤りを感じていた。
そこで考えついたのが、胸だ。 大人の女性は大抵、凹凸のある体つきをしている。 つまり、自分の体にもう少し起伏があれば、少し大人っぽく見られるのではないかと思ったのだ。 しかし・・・・・・。どうすればムネが大きくなるのか、珠晶には考えても分からなかった。
こういう時は、知恵袋に聞くのが一番である。
「ねぇねぇ利広」
長椅子にゆったりと腰掛けながら本を読んでいる利広に声をかけると、彼は「何?」というふうに珠晶の顔を見て、首をかしげてみせた。 傍には頑丘もいたが、頑丘よりも利広のほうがはるかに年を重ねていることは、周知の事実である。
「ちょっと訊いてもいいかしら?」 「うん。なんだい?」 「男の人にこういうことを聞くのはお門違いかもしれないんだけど・・・」 言いよどんだ珠晶に、騎獣に関する書きつけを読んでいた頑丘は不審な目をむける。 だが口をはさまないところを見ると、少し興味があるのかもしれない。
「うん。女性の事情ということなんだね」 「そうなの。いいかしら」 どうぞ、と利広はおどけたように肩をすくめた。 「女性のことなら、それなりに経験はあるからね」
頑丘が咳き込む。なんてこと言うんだ、という風に利広を視線で咎めた。 しれっとしたように利広は続きを促す。 その仕草には頑丘を遊んでいるような節も見られたのだが――――そんなこと、彼が気づくはずもない。
いっぽう珠晶はといえば、困り果てた様子で、おずおずと問う。 「あのね、胸を成長させるにはどうしたらいいかしら」
間髪いれずに、頑丘が窓辺の桟から派手に滑り落ちた。 今まで頑丘が持っていた大量の紙が、ひらひらと辺りに舞って、まるで雪のように頑丘の頭上にふりそそぐ。 利広は珠晶の疑問に一瞬だけ目を丸くしたものの、頑丘のほうを面白そうにみやると、楽しそうに口を開いた。 「それはね、簡単なことだよ。誰か他の人に」 利広の声はそこで、頑丘の怒鳴り声にさえぎられる。 「りこーうっ!!!!」 散乱した紙の中で立ち上がる頑丘は、まるで茹でた蛸のように真っ赤だった。 「余計なことを教えるんじゃない! 珠晶、お前もお前だっ」 びしっ、と珠晶のほうを指差して、頑丘は噛みしめるように言う。 「なんで胸が必要なんだっ!?」 「だって・・・」
唇をとがらせてうらめしそうに頑丘を見上げる珠晶に、利広はくっと吹き出す。 「ほら頑丘。珠晶だって年頃の娘さんなんだし」 「そうよ。あたしだって、恥をしのんで訊いてるんだから」 「どうせアホくさい理由なんだろうが」 「そんなことないわよ!」
珠晶は腕組みをしつつ、斜めに頑丘を見上げた。 「何よ、言えないようなことなわけ?」 うっ、と頑丘は口をつぐむ。 「ふーん。言えないようなことを、頑丘は知っているってわけね」 まずい、と心の中で頑丘はつぶやく。あいつのペースに乗せられたらいかん。 「い、言えないことはない」 珠晶が眉をあげて、にっこりと笑う。 「あら? じゃあ、教えてくれたっていいじゃない」 「お前が知る必要はないと言ってるんだ」 「そんなの。あたしの勝手じゃない」 「だからね、誰か他のひ」 「ややこしいからお前は黙ってろ利広!」 一瞬、しーんと静まり返った空間に、頑丘はため息を落とした。
「いいか珠晶。人には、それぞれ見合った身体というものがある。 どんな体つきをしてようが、しようが、それは本人の勝手だが」
たとえば、供麒がものすごく体を鍛えて、布地の上からでも分かるような筋肉質な体つきになってしまったら。 たとえば、優美な腕を持つ女怪が無骨な腕を望んでいるとしたら。
「なんだか嫌じゃないか?」 「・・・ええ、それは認めるわ」 想像したのか、白い顔をいっそう白くして、釈然としない様子だが珠晶はつぶやいた。 「だからな、十二のお前が胸だけでかくなったって、気味が悪いだけの何物でもない、ということだ」 「・・・・・・・・・・・・」 珠晶は考え込んでいたが、やがて、頷いた。 「ま、それも是と答えましょう。けど頑丘?」 ひどく可愛らしげに、珠晶は首をかしげて微笑む。 「話をそらそうったって無駄よ? あたしは、『方法があるなら知りたい』って言ってるだけ。 つべこべ言ってないで、教えなさい」
もはや、惑わされてはくれないらしい。教えるしかなかった。 頑丘は、ゆっくりと息を吸って、盛大に吐き出した。 じろり、と珠晶をにらむ。
「うつぶせに、寝るんだと」 ったくガキの分際で――と呟く頑丘に、ぱちりと珠晶は瞬きをした。 「寝るときに、うつぶせに?」 頑丘の代わりに、苦笑しながら利広が頷いた。 「そうらしいね」
利広が言いたかったのはこんなことではなかったが、 これ以上頑丘をいじめるのも、無垢な珠晶に文字通り「余計な」知識を与えてしまうのも、なんだか忍びない。 (楽しませてもらったから、まぁこんなところで我慢してあげようかな) 「うちの年老いた妹も、一時期そんなことを言っていたよ」
珠晶は黙り込む。 頑丘の言うことに疑いを抱かないことはなかったが――――。 (文公主のおっしゃることなら信用できるわ) そう思うと、そ早速試したいのが好奇心旺盛な珠晶であった。
そうと決まれば、善は急げだ。
「じゃふたりとも、おやすみなさい」
機嫌よく去っていく珠晶を、家族代わりの二名の男たちは複雑な心境で見守った。
珠晶が実際にどうなったかは――――。 それは、一部の恭国民のみぞ知ることである。
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小咄第3弾でした。 コメディを書いてみたくて、こうなりました。 どこぞのサイト様に、「アニメの珠晶の胸がおっきい!」と書いてあったので・・・珠晶の90年間の苦労話でもいいなぁ、とね(違) タイトルのwillというのは、『意思』のこと。珠晶の(大それた?/笑)望み、というのがテーマなので、このタイトルをもってきました。 アニメがああなら、大それてもいない望み、なのでしょうけど(笑) まぁ珠晶よ、好きにしてくれ。でも私は小さいほうが好みd・・・あぐぁ、逝ってきます。('A`)ノ
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