「華胥の幽夢」に収録されている「帰山」のサイドストーリーです。


十二国記小咄
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  「尚ー隆ぅ・・・尚隆ってば! ・・・あれ?」

 延麒六太が主の居室に転がり込んできたのは、夜も更けて、王宮も寝静まろうとしている頃だった。
 にもかかわらず 延王尚隆は、机の上を難しい表情でにらんでいる。

 「・・・なに、してんの?」
 六太がとことこと近づいてみると、そこには厚みのある木の板が、白と黒の色彩で描かれていた。
 「・・・碁?」
 答えるかのように、尚隆がうなった。
 眼前の小さな子供をひとにらみする。
 「何の用だ。おれは忙しい」
 (忙しいって・・・おいおっさん)
 「あのなー。誰かさんのせいで、今日、惟端がものすごく機嫌が良くて気味が悪かったんだよ。そんで苦情言いに来たの」
 「ああ・・・」
 思い出したようにとつぶやく尚隆の前で、
 「明日もあれじゃたまらないよ」
 と六太が唇をとがらせた。
 その様子に、尚隆は苦笑する。
 すまんな、と大して申し訳なさそうに答えた。

 「昼の休みに奴と一局まじえたら、俺が小気味よく負けたんだ」
 「それで、今、これ?」
 「ああ。作戦をたてていた。・・・明日は勝つさ」
 へぇ、と六太は言って、面白そうに尚隆と盤面を交互に見る。
 「なあ。俺が相手になってやろうか」
 暇だし、と付け加え、向かいの椅子によじのぼる六太を、尚隆はため息で制した。
 「やめておけ。俺とお前では、俺の方が強い」
 「なんだよ! やってみなきゃわかんねーじゃん」
 「子供は早く寝ろ」
 「いーやーだっ」
 じゃらり、と六太が盤面の石を乱し、手早く白と黒に分け始める。
 もはや制止も聞かず、尚隆はあきれたようにつぶやいた。
 「・・・俺が勝っても、知らんぞ」
 「知るかよそんなの。おれからな」
 六太は楽しそうに石を置く。
 はぁ、とため息をつきつつ、尚隆は白石を手にピシリと盤を打った。
 ――――まぁ、80個目の記念ということで、こいつからもひとつぐらいは、いいか。
 事情を知るものなら、間違いなく「物騒だ」と思うことを思案して、尚隆は碁に向かう。
 夜はますます更けていった。


 ・・・そして。



 「お、おい。そんなとこに置くな!」
 「待ったなしだよ〜ん」
 へっへーと言いながら、六太が口笛を吹く。
 対する尚隆は渋面である。

 かれこれ、7,8回は勝負をしていた。
 最初にした勝負に、あろうことか尚隆は負けてしまったのだ。
 小躍りをする六太に腹を立てた尚隆は、もう一度勝負を挑み、そして2回目には勝ったものの、今度は六太が粘って放さない。
 3回目の勝負でも勝ちを手にした六太に、尚隆はまたもや腹を立て―――
 と、まるで追いかけっこのような争いが続いている。

 「どうする? 投了すっか? ほれほーれ」
 下から覗いてくる六太の顔がこ憎らしい。
 降参? とんでもない。こんなガキにそう何度も―――。
 「・・・・・・・・・・・・いや、待てよ。この手があるな」
 すい、と尚隆は右手を動かす。
 そこは六太が想像もしていなかった場所で。
 「あ。あれ? そこ? ・・・じゃー・・・ハイ」
 「・・・で、こうくる。アタリだぞ」
 「・・・こう、かな?」
 「・・・・・・・・・ほれ」
 「・・・っ ええぇぇ!? 卑怯ーっ!?」
 「卑怯なもんか。ちゃんと見てなったお前が悪い」
 憤然と尚隆は言って、太く笑った。
 「俺の大勝ちだな」
 「・・・・・・・・・・・・・・・・・・っっ も、もう1回!!」
 真っ赤になってジタバタと主張する六太を見やって、うんざりとしたように尚隆はため息をつく。
 「もうやめだ」
 「なんだよー! もう1局ぐらいいいじゃんか! ケチ!」
 「いい加減、ばかばかしくなった」
 腰に結わえた袋の中で、石同士がぶつかる音が、尚隆の耳だけに届いた。


 ――――4つの、国を滅ぼす石。石は全部を数えたら83にのぼる。
 そこまで思ったとき、なんだか唐突に笑えてきた。
 ふっと吹き出して、尚隆は碁石と碁盤を片付け始める。
 「夜ももう遅い。早く寝ろ。・・・気が向いたら、また相手をしてやる」

 だが、きっと。
 しばらく碁をすることはないだろう。
 あまりにも馬鹿らしいことをしていた自分に気がついたから。

 六太が、うらめしそうに尚隆を見上げていた。



 ――――それは、彼らが出逢って300年ほど経った頃の話。
 今となってはもう

 古い、話であった。






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