◇キリリク58・88・111◇
―天邪鬼様へ―
十二国記
―階(きざはし)の上の少女―
あっ。
恭国王宮のとある部屋の中で、短く供麒はつぶやいた。
彼の足元には、大量の書類がてんでバラバラにひしめいている。すべて、ほんの数秒前に彼が棚から落としたものであった。
「これは・・・どうしましょうか・・・」
途方にくれて、供麒は辺りを見渡した。どれもこれも厳重に封がなされていて、大切な書類のようである。
「誰か他の者を呼ぶには、少し厄介な物のようですね・・・」
供麒は肩を落とした。
「仕方ない」
元はといえば自分でしたことなのだから、片付けるのは当たり前だ。
腰をおろして、彼は書類を拾い始める。
「・・・それにしても、何の書類、なのでしょうか・・・」
書類、というよりは書簡にみえる。その数、およそ百。
「しかもこんな薄暗い書庫の中、隠すようにして本と本の間に・・・・・・・・・はて?」
――実は本当に隠してあったものだったりして。
「・・・・・・・・・」
供麒は中のひとつを手にとって眺めてみた。
気になる。
「・・・もしも、本当に大切な書簡だったとして、誰かが忘れているのなら」
それは重要な問題である。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・こんなに沢山あるのだから」
ひとつぐらい確認してみても、いいのでは?
供麒は辺りを見回してみる。止める者は誰もいない。
――無言で彼は行動に出た。
数刻後、温和で有名な自国の麒麟が、ものすごい勢いで自室に走っていくのを、霜楓宮の誰もが見たという。
――奏国、清漢宮。気候も穏やかだがそこに暮らす人々も穏やかなところ。
風来坊と称される奏国の2番目の太子が、のんびりと後宮の一角を歩いていた。
「利広。ちょっと」
その背中にかかる声があった。青年はくるりと後ろを振り返り、声の主を確認する。
「やあ、兄さん」
奏国のもうひとりの太子、利達であった。
「こっちに来い」
指で指示をして、彼は弟を呼び寄せる。
「何かあったの?」
「供台補から、お前宛に書簡が届いている」
「ふうん?」
めずらしいな、と利広はつぶやいた。
兄の後をついて彼の居室に入ると、「これだ」と文箱を手渡された。
受け取って、利広は無言でがたがたと開封する。
幾重にも折りたたんであるそれを引っ張り出した。視線が文面を追う。
「・・・で、供台補はなんて?」
「んー・・・ふむ・・・何やら彼は・・・重大なモノを見てしまったようだね」
「は・・・?」
意味を図りかねて利達は問い返した。
利広はのほほんと答える。
「いや、だからね・・・彼はとんでもないものを見てしまったんだって。―自分ではとてもじゃないけれど処理出来ず、だから私になんとかして欲しいと言っている。出来れば、珠晶に内緒で」
「お前は便利屋か」
「だよねぇ」
くすくすと笑いながら利広は書簡を兄に手渡す。
「とにかく一大事みたいだね。兄さん、行ってもいい?」
利達は眉をしかめる。
「お前が寄り道しないで帰ってこれると言うならな」
「そう言われるとしたくなっちゃうなぁ・・・って冗談だよもちろん? 今の私には難民救済の大任があるからね」
「当然だ」
にべもなくきっぱりと言い切って、利達は渡された紙面に目を通し始める。
「ふむ、隠された書簡・・・なるほどな・・・たしかに厄介なものに触れてしまったようだな」
「ね?」
「仕方ないな――行って来い」
やれやれとため息をつく兄に、
「申し仕りました」
満面の笑みで、利広は答えた。
「・・・それで?」
にっこりと、珠晶が尋ねた。
「何か理由があってここに来たんでしょう、利広?」
問われた利広も穏やかに微笑む。
「私が理由もなしに訪ねてきてはいけないのかい?」
内心、冷や汗たらりだ。
「だってあなたがそんな格好で」
珠晶がビシリと奏国太子の服装を指した。
「ここに来るってことは」
いつも恭に来る時はたいてい、身に付けている服はぼろぼろになっている。なぜなら、他の国を周ってくるからだ。
「何か理由あってのことだと思っても不思議じゃないわ」
今日の利広の服装はいつもとたいして変わらぬものの、汚れてはいなかった。
こぎれいな格好なので一応賓客として扱われているのか、利広が通された部屋は謁見の間であった。
階(きざはし)の上に玉座が置かれているだけの部屋は広い。
「奏から直接来たんでしょう?」
「・・・・・・・・・相変わらず鋭いなぁ供王は」
肩をすくめて利広は苦笑した。
「それで?」
「うん、まあ、たいしたことではないのだけれどね。ちょっと心配だったんだよ」
「柳のこと?」
「そう。それから芳もね」
利広の言葉に、珠晶はため息をつく。
「そーなのよね。あっちこっちでもう大変なんだから。――奏は大丈夫? 巧がひどいって噂じゃない」
「うん、巧は荒廃が凄まじいよ。でも奏はそれほど大変でもない、かな。雁に比べたら」
珠晶はほおづえをつきながらつぶやいた。
「雁・・・のまわりは慶に戴に柳に・・・ほんとねぇ。いくら慶に新王がたったからって、まだ3年、落ち着くまでにはもう少し時間がかかるわね」
利広は微笑む。
「そういうわけで、私はちょっと台補と話があるんだけど」
彼はどこ?、と辺りを見回す利広を、珠晶は軽くにらむ。
「・・・・・・・・・・・・供麒なら」
声も先ほどと違って、なにかしら冷たい響きを帯びている。
「使い物にならないわよ。しばらく前から」
「――へぇ?」
利広は面白そうに続きをうながす。珠晶はぷいとそっぽを向いた。
「知らないわよ、あたし。ある日突然、変になっちゃったんだから」
「変?」
まさか失道、とうそぶく利広に珠晶は扇子を投げる。
当然利広に当たるわけがなく、扇子は回転しながら床の上をすべった。
その様子を横目で見ながら、珠晶はぽつりとつぶやく。
「――あたしを見て、泣くの」
「それは――――」
「言っとくけど、あたしが泣かしてるんじゃないわよ? あっちが、あたしを見ただけで、泣くのっっ!!」
こぶしをにぎってドンと玉座をたたく珠晶に、利広は首を傾げる。
「そんな失道、初めて聞くなあ?」
珠晶はピクリと眉をあげ、懐に隠し持っていた刃物を手に取る。
まさかアレを投げたりしないよなぁと利広はのほほんと思いつつ、優雅に一礼をする。
「とりあえず、話だけでもしてくるよ」
「―――――――任せたわ」
刃物を片手に、尊大にのたまう珠晶に、利広は微笑った。
「任せなさい」
利広は供麒の部屋の前にたつ。
中からは物音ひとつ聴こえな・・・否、時折り、すすりなきのような声が細切れに響いてくる。
「やっぱり正面からお邪魔するべきなんだよね」
苦笑交じりに、彼は部屋の扉を軽くたたいた。
「台補―――――」
来たよーと言いながらのんきに叩きつづけていると、扉は内側に向かって小さく開いた。
自分でしたのではなく、使令が開けたようだった。
おや、と利広は眉の端をあげる。
どうやら相当まいっているらしい。
「―――――入るよー・・・」
戸をくぐりぬけ、室内に足を踏み入れる。
「暗っ」
この部屋だけ夜のようだ。利広は気配のある方に顔だけ向けて、ちょっと笑う。
「やあ台補。おかげんは如何かな?」
そんな挨拶では供麒がまるで病人のようだ。が、当の本人はそんなことはちっとも気にしていない。
「卓郎君・・・っ」
感極まったようにひとみに新たな涙を浮かべる供麒。身体はがっしりとしているが、そうやって泣いていると子犬のようである。
「ようこそ、は・・・はるばるここまで・・・っ」
「いいんだよ。奏と恭の仲じゃないか」
「わたくしのわがままで、こんな所にまで足を・・・っ」
「うんうん」
利広は適当に相槌を打ちながら、はらはらと涙をこぼす供麒のいる方へ歩み寄る。
「それで、君が見た供王の隠された御物・・・もとい書簡って、なんだったの?」
「そ、それはですね・・・」
言いながら供麒は立って、椅子をすすめる。利広は小さく礼を言って座った。
「めったに誰も入らない書庫に、隠すようにしまってあったんです・・・。同じようなのが沢山あったので、ひとつぐらい内容を確認してもいいかな、と。そ・・・その、もしかして重要書簡で、誰かがしまったまま忘れていたりしたら・・・と思いまして」
「ふうん? それで、その中のひとつを見たんだね。沢山ってどれぐらいあったの?」
「きゅ・・・98通」
小さくなる供麒に、利広はにこりと微笑む。
「――――――――数えたね、台補?」
「・・・っわわわわわたしは」
「――――――――しかも、全部、見たね?」
「・・・っう・・・」
うわぁぁぁぁっと供麒は机の上につっぷした。
「ですがどうしてもっ見ずにはいられなかったんです・・・っ」
利広はやれやれといったように、軽く息をついた。
「それで、内容は? というか、そもそも誰宛だったのさ?」
「差出人は主上・・・う、受取人は」
恭国の麒麟はずるずると身体を起こした。
「頑丘殿、でした・・・」
利広は驚いて目を丸くする。
「―――――――っへえ?」
言って、面白そう笑った。
「頑丘に98通も?」
「―――――――はい・・・」
「しかも全部未送信、なんだろう?」
「・・・はい・・・・・・・・・・・・」
「・・・書いて出さずに、98通もねぇ・・・」
供麒はうなだれた。
「内容は、とてもじゃないけどお話できません・・・・・・それは主上の個人的な問題にあたると思うので。けれど」
じわ、と彼の目から音がする。
「しょ、書簡では、主上は悩んで・・・おいででした・・・。頑丘殿、卓郎君ともに黄海を旅したことが懐かしい、と」
「ふうん・・・けれど、そりゃあ珠晶だって年頃の娘さんだし、懐かしんだり悩むことだってあるだろう?」
「それは・・・そうなんですが」
しゅんとなる供麒に、利広は穏やかに微笑む。
「台補」
供麒は視線を上げる。
「そんなに悩まなくてもいいんじゃないかな。だって珠晶は、手紙を出さなかったんだろう? ということは、だよ。彼女は今の暮らしを選んだということだよ」
「そう、なんでしょうか・・・」
「そうだよ。例えば、逢いたいと思って書くだろう? そこで出してしまったら、王という立場から逃げ出しているととられないこともない。彼女がそこで思いとどまった、ということは」
利広は珠晶がいるであろう方向を見やる。――見えはしないけれど。
「珠晶は、責任を放棄してはいけないことを自覚しているんだよ」
それは当たり前のようなことで、難しい。
けれど王ならば、しなければならないことだ。
そのためになら・・・・・・多少のことは目を閉じていてもいいのかもしれない。
手紙を書く。
そのことで気が少しでも晴れるなら。
「・・・そう、ですね」
自分が悩む必要など、ないのかもしれない。
「卓郎君」
赤みがかった金色の髪の青年は、ふわりと笑んだ。
「ありがとうございます。なんだかすっきりしました」
それを見て利広は、満足げな息をつく。
「それそれ。君がそうやって笑ってないと、珠晶はまた手紙を書くよ」
「えっ」
「私が思うに、珠晶は悩んだら手紙を書くね」
「はあ・・・」
いたずらめいた表情で利広は言った。
「君が珠晶と喧嘩をするたびに、書庫をのぞいてごらん?」
「ちょっと利広っ!」
数日後の話である。
励ますだけ励まして奏に戻ってきた利広のもとに、今度は珠晶が乗り込んできた。
「あんた供麒に一体何を言ったのよっ? あの日からあたしが何をやっても、にっこにこにっこにこして気持ちが悪いったらありゃしないわっ!?」
「えー?」
激する珠晶に対する利広は、手元の書類をめくりながら適当に聞いている。
「私は何も言ってないけど?」
その言葉に、珠晶は無言でぐっとこぶしを握る。
「でもまあ、べそべそ泣いているよりまし、なんじゃない?」
握った指がぴし、と固まる。
「う・・・ま、まあ、そうなんだけど。でもっ」
憤りの矛先を失って、珠晶は憤然と横を向く。
「それはそれでうざったくてしょうがないの!」
やれやれ。
利広は手を止めて困ったように笑う。
「で、珠晶は私に慰めてもらいにきたのかい?」
「馬鹿にしないで」
先ほどとは打って変わったようにきっぱりと言い切って、珠晶は両手を腰に当てた。
「あ・た・し・は、あのどうしようもない麒麟と違って、自分で立ち直る方法を知・っ・て・る・の!」
利広は一瞬鳩が豆鉄砲をくらったような表情をしたが、すぐにぷっとふきだした。
「ちょ、ちょっと!? なんで笑うのよ!?」
怒るというより困惑する珠晶の前で、利広は肩をゆすって大笑いする。
明るい笑い声が清漢宮を満たしていった。
ちなみに、これはもっとあとの話になるのだが。
供麒いわく、ほぼ年に1つのスピードで、書簡は着実に増えている、のだそうだ。
―完―
コメディです。
誰がなんと言おうと、コメディです。
・・・ていうか、これが私のコメディなんだっって、分かってくださいこの通り!!(爆)
いやはや、実は初めて完成させた十二国記パロディです。(ォィ)
すべてパソコンで書きました。いやめずらしいめずらしい。
もともと原案は5〜6月ぐらいに作ってはいたのですが・・・。
その、ね? 原案の走りがきメモがどうしても解読できなくて(笑)
全然予定とは違う物語になっちゃいました(遠い目)
いえ、確かに自分で書いたものです。ハイ。
でも読めませんでシタ・・・(滝汗)
・・・というわけで、◆◇天邪鬼様っ◇◆
ものすごーくお待たせしてしまったのですが!!
やっと完成させましたリクです〜(>▽<)!
色々とお世話になりっぱなしのあなたに、
この物語はささげたいと思いますデス♪
私的には、
利広と珠晶の最初の対話の時に、彼が珠晶を上手い具合に
話題から「そらして」いった所が気に入っています(笑)
ホラ、「利広は微笑む」とありますでしょ?
あそこです。あそこ。
あと、供麒がはらはらと泣いているところとか。
供麒には「はらはら」という言葉が似合うように思われます。
うむ、いい発見♪
誤字脱字などを発見なさったら、こそっと教えてくださいませ。
わたくしはとってもおっちょこちょいなので(苦笑)
ここまで読んでくれてありがとうでした☆
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